末期ガンで亡くなった母からのメール
241:癒されたい名無しさん:2010/02/22(月) 00:39:30 ID:pPHDeZhG
高校生の駄文ですみません。
私が中3になって間もなく、母が肺がんであるという診断を受けたことを聞きました。
当時の自分はそれこそ受験や部活のことで頭が一杯で、生活は大丈夫なんだろうか、お金は大丈夫なんだろうかとかそんなことしか考えていませんでした。
5月、母は病院に入院しました。
たまに家にも帰ってきていたので、治るものだと思っていました。
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そして夏が終わり、私は部活でやっていた水泳を引退しました。
部活がなくなったので当然時間も増えました。
それからほぼ毎日父に連れられてお見舞いにも行きましたが、早く帰りたい、勉強させろとばかり思っていました。
それから2ヶ月、入院してから半年で母は他界しました。
末期で手術を受ける体力もなかったそうです。
すぐそばで看取る事ができました。
その時は泣きましたが、ああ、こんなものかと思った自分がいました。
人が死ぬというのはなんて呆気ないものなのだろうと。
その後、元通りとは行かないものの、父と親族の支えでなんとか生活のリズムも取り戻して
無事に目標としていた高校に入学することができました。
しかし県内でも割と進学校の部類だったので、すぐに落ちこぼれてしまいました。
中学では東北大会まで出場した水泳も受験休みでのスランプから抜け出せずにいました。
そして先日学年末のテストが終わり、家でPCをいじっていて、ふと昔使っていたフリーメールの受信ボックスにログインしてみようと思ったんです。
面白いスパムでも無いかと思って開いてみたら、案の定何百通というスパムメールが届いていました。
その中に見覚えのある母のメールアドレスがありました。
スパムメールにまぎれて何通も何通も。
開いてみると誕生日おめでとうとか、東北大会出場おめでとうと言ってくれているのもあれば、
ちゃんとご飯食べた?とか、父のことを手伝ってあげてねとかそんな内容のが何通もきていました。
泣きました。
泣いて、そして後悔しました。
なんで新しいメールアドレスを教えなかったのかと。
ありがとうって言えない。
母がいないっていうことと、母が死んだっていうことがイコールになったのはその時なんだと思います。
返信が一年以上も遅れてごめんなさい。
ありがとう。大好きです。
みんなの反応
2:面白い名無し:2013/12/28 0:37:29
どう考えても母親のNEWメアドおまえが聞き逃してたにきまってんじゃん
見舞にいってはやく帰りたかったんだろ?興味なかったってことじゃん。
いかにも悲劇のヒロインぶってるところが気持ち悪い。ヘドがでそう。
3:面白い名無し:2013/12/28 0:56:54
>>2お前最低だな
4:面白さん:2013/12/28 2:08:38
母ちゃんが元気なうちに親孝行しよう
5:ぷぷぷぷい:2014/01/01 17:00:11
2に同感。なんで自分の親が死にそうなのに金とか勉強の心配しかしないの?
見つけたのも偶然でしょ。なに悲劇のヒロインぶってんだ。
6:面白い名無し:2014/01/01 17:32:31
今更泣いたって仕方ないでしょ。
なんか母親が死んでも全然悲しくないみたいだったし。
母親かわいそー
7:hawkeye:2014/02/20 23:16:16
30~40年前の時代とは違って、ガンが不治の病という認識は今の時代はあまりないのかもしれない。スレ主本人も’治るものと思っていた’と書いてあるし。治ると思っていたのにいきなり母の死に直面し、受験期の慌ただしさもあって現実を受け入れられなかったのでは?時がたってからようやく悲しむ余裕が出てきたという感じだ。
8:Zengzi:2014/05/07 17:51:01
7>同意
ショックがデカ過ぎると、現実を受け入れることができないんだよね。
大事な人の死を受け入れるのに時間がかかるのはあたりまえ。1年以上経ってあらためて後悔し、悲しみが深くなるのはよくあることだ。
葬式で泣き叫んでいた人が、案外、故人の49日も明けないうちに遊び回っていることは多いものです。
9:面白い名無し:2014/09/18 15:12:39
まぁ世の中には※2,5,6みたいに自分がゴミである事にも気づけない生ゴミも多いということで
10:ぬあああああ:2021/10/15 15:46:31
※9
待って笑った
要望があったのでコメント欄にトリップ機能をつけてみました。詳細はこちら。
1:面白い名無し:2013/12/27 21:31:53
俺は今、高校三年生で今年の8月に
母さんが子宮がんで他界したので
このスレ見て、共感しました。
今は自分のlineのタイムラインを母さんに
公開しています。