戦争中、空襲してくる艦載機と戦い抜いたおじいちゃん

カテゴリー: その他
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372:名無し三等兵:2011/11/30(水) 12:22:27.19 ID:???

うちのじーさまの話。

通信用員として青森で勤務中に青森大空襲に遭遇。
これほどの大空襲の経験はなく、戦死も覚悟したところで立ち上がったのは、東京や大阪などから転属してきた他の将兵。

彼らは普段から、大空襲を戦い抜いたと豪語してたそうで
「俺たちはもっとデカイ空襲を生き延びた。まかせろ!」と言うので
さぁ、敵機に一矢報いんと思いきや
その東京の将兵ども一目散に逃げる逃げる。

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なぜ逃げるのかと聞いたら
「高いところおるんは弾もあたらん、真下に居たら死ぬだけだから、とりあえず逃げてから考える」

「さぁ壕におっては蒸されて人間点心なるぞ!はよ出んか」

「一度落ちた所にゃ、まず二度落ちん。着弾箇所めがけて走れ!」

言われた通り逃げたら隊のほとんどが生き延びたが、釈然とせず、問い詰めたところ
「生き延びて戦える時に戦う。生存もまた戦い。退き際見誤るは将の恥」
と笑っていたそうな。

祖父は今日までその教えを守り、引き際を極めたギャンブラーになりました。
今でもたまに寿司食わしてくれます。

通信隊はその後、欠員補充のため、
飛来する艦載機を小銃と機銃で迎撃する
無茶な命令を受けて奮闘するも、それはまた別の話。

373:名無し三等兵:2011/11/30(水) 12:28:04.07 ID:???

>>372
乙です。
大阪の第八連隊みたいに、都会出身者が多い部隊はそんな感じで合理的だよな。
地方と都会、どっちが良いとかじゃなくそういう雰囲気もいいものだね

376:名無し三等兵:2011/12/04(日) 10:12:05.61 ID:???

>>372
別の話もよければ頼む

378:372:2011/12/05(月) 16:07:42.04 ID:???

なんか需要があったので。

通信兵として青森にいた祖父。
大空襲後も、毎日のように米艦載機が飛来。
対空戦闘要員が足りず、祖父の居た通信隊も防空戦闘に駆り出された。

対空兵装が不足し、部隊に与えられたのは三八式、九九式短、訓練用木銃、あと重機関銃が少し。

戦闘なんかやりたくない通信隊の面々。
身を隠しながら戦いたくても
空襲後の焼け野原に遮蔽物なんてない。

そこで編み出されたある妙案。
内容は背中にトタン板を背負って、艦載機が向かって来たら亀のように丸まって身を隠すもの。
空襲後、周囲もガレキまみれなので、最初のうちは偽装効果抜群だったという。

しかしこの作戦、残念すぎる欠点があった。
・トタンを背負ってると風に煽られてロクに走れない。
・ひっくり返ると自力で起きれない。
・周囲のガレキが片付けられるとかえって目立つ。

周りからはどん亀呼ばわり。

最終的には背負うのではなく、盾のように改造したものの、
艦載機が来なくなって間もなく終戦。


ちなみに、木銃を渡されたのは新兵。
命令は「力の限り敵機を威嚇、罵倒せよ」
竹槍よりひどい。

379:372:2011/12/05(月) 16:18:45.52 ID:???

田舎だからなのか、祖父から聞く話は
帝国陸軍らしからぬギャグ話や怪談ばっか。
八甲田山の亡霊(笑)事件とか、好きな米軍機トーク事件とか、カニ料理で小隊全滅事件とか

でも空襲の話は文献で見聞きする以上に凄惨だった。

みんなの反応

1:タルト◆yATEJXRnLA:2014/09/07 1:03:18

こうして見ると簡単な手で色々改善できるもんなんだなぁ
こういう事を思いつく人ってどんな頭してんのか気になる

2:わん◆yATEJtTN3T:2014/09/07 19:16:32

いつも引き際を失敗してます!!

3:面白い名無し:2018/04/07 8:50:32

近い将来の安倍ジャパンはたぶんこんな感じ。

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